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ようやく3ヶ月に渡ったコラボも今日で終わり。
長かったというよりも常にエキサイティングな毎日。
すっかりハマっちゃいますよ。この生活は。

でも気がついたらちっともブログを更新していないじゃないか!
やばっ…

明日からはしばしの間3ヶ月前までの生活に戻る。

…はずはない。

次のことを見据えてまた新しいスタート。
日々楽しみな毎日。

まだまだ走り続けなくちゃ。


一昨日、朝の6時までコラボをして一度家に帰って8:40のJRで組合の仕事のために札幌へ。
車中爆睡して札幌にて昼食がてら以前一緒に芝居をしていた子とランチをとって近況報告をはたす。
2年ぶりにあった割には何も変わらないいつものあいさつ。
長年やってきた信頼というものはこういうことを言うのだろう。

そのまま会社に行き18時まで会議。
そのあと夜行まで皆さんにつき合ってもらい居酒屋で会合。
時間通りに夜行に乗って昨日の朝釧路に到着。
一度家に帰り職場へ。

昼から某ホテルで港湾関係のレセプションがあるということでゲストバンドのPAセッティングをお手伝い。
結局20時まで立ち会って帰宅。
風呂に入ってから再びコラボにいったがほとんどすることがなく、さらに睡魔に襲われて2時には帰宅。
久しぶりに3時間以上布団で寝れた。


そんな中、一昨日の夜から朝にかけて2人の逝去の情報を耳にする。

すでにご承知の松岡農大臣とZARDの坂井泉水。

有名人の突然の死というのは遠くの親戚が無くなったときよりもびっくりする。
まして、前日までテレビに出ていたりするとなおさらだ。

…まあ、前日に2人の映像は見てはいないけど…

死んだ理由も原因も場所も全く違うが慶応病院という場所が同じなのはやはり印象に残る。

一般人とは違う部分がそこにあるような気がした。

どのみち、亡くなってしまえばすべては止まってしまう。
その人の時間はね。

でも残された人は同じ時間を進めなくちゃいけないのは世の常。
悲しかろうが落ち込もうが周りの時間は進み続ける。

その昔、僕も死というのをあれこれと考えていた時期があった。
それは今みたいに理屈というものではなく、どちらかというとオカルトチックな意味合いとしてなのだが…

生と死というなんとなく神秘的な響き。
…というよりも現実…いやこれも違う。
…そう、日常と違うものに対する興味というのだろうか。

死に対して憧れなど持っているわけもなく、ただ単に「死」というワードにあれこれと思いを馳せた時期…


今にして思えば何をそんなこと…と自分に失笑してしまう。

ただ…


ただ、墓場に持っていくほど隠し通さなくちゃいけないことなんてこの世にあるのだということが最近わかってきた気がする。
政治家や芸術家や実業家は(もちろんそういう職業じゃない人ももちろんいるが)よく人にはいえない事柄を墓場まで持っていったまま自ら死を選ぶ話を聞く。

自分の命よりも大切なものが家族とか他に大切な人以外にあるものなのだ。

いまいち信じ固いが…


多分僕なら…

命と引き換えにするぐらいならしかるべき場所に公表するだろうし、それについて命を狙われるのならばテレビに乗って身柄をはっきりさせたり、僕のその刺客を死にものぐるいで倒すだろうし(ま、無理だけど、多分秒殺だね)それぐらい生きていたいね。


だからこそ不慮の死に見舞われた坂井泉水には本当に悲しくなる。

そんな逝き方が僕の一番臨まない逝き方だから…


どちらにせよ、お二人に合掌…
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