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昨日から釧路で活動している劇団AtoM(アトム)の公演が始まっている。
昨日は仕込みと軽い場当たり(場面ごとできっかけとか動きとかの確認の事ね。「小返し」とかとも言われるけど)
久しぶりの芝居の音響。
なのになんだか物足りない。
彼らがもう少し僕ら会館のスタッフに色々と提案してくれればどんどんお互いで作っていくという事がわかってくると思うのだが…

彼らとは僕が芝居をしていた頃からの付き合いでは…ある。

なので、いまだによく顔も合わせるし、話だってする。

でも、劇団を離れてからはそんなに会う機会が多い訳ではない。
むしろ疎遠になっている。
まあ、それはそれで仕方の無い事で、当たり前の事なのだが…

ふと思う。

もし、まだ芝居を続けていればどこまで彼らと突っ込んだ芝居を作っていけたんだろうか?

芝居を作っていく。

べつに大層な作業でない。
音響担当の人と打合せをして台本どおりに音を流せばいいんでしょ。

…まあ、芝居の音響とか照明をそんな風に思っているようなスタッフがいるのなら「じゃあ、どうぞやってください」ってなふうになるけどね。
あ、いや仕事ではそんな事無いけど。
あくまで趣味の中でね。
でも趣味なんだけど、そう思われるのは心外でしょ。

音だって照明だって、役者と同じ感情になって音を流したり照明を変えるのですよ。
それと…
「そこのタイミング早いんじゃない?」
「そこもう少し大きくした方がいいんじゃない?」
「それじゃ消えたように見えないな」


それとこれとは別の話ですね。
あくまで段取りとしての目安や基準(同じか)を構築してからの最終段階がスタッフも芝居をするのですから。
あ、意味分かんない話。
きっと思考回路がそのまま文章になっている。
いかんな電脳化してしまうと…誰がじゃ。

で、次の段階でこんな事も思った。

あ、道東管隊のライブって当然休日が多いじゃん。
この仕事をしてるから参加できないってこと多いよな。
まあ当然だ。
そう考えると同僚のびるど君の気持ちがわかるような気がする。

確かにそうだ。
芝居をしていた頃は、会館で公演をすれば必然的に僕がそのまま音響をする事になるので、わりかし自然に参加できていた。
たぶんこれが役者ならそうじゃなかったんだろうな。
まあ担当者を決めて僕がフォローしながら舞台に上がった事もあったけど。

この仕事だから出来る事。
この仕事だから出来なかった事。
芝居をしていたから出来た事。
芝居をしていたから出来なかった事。
芝居をやめたから出来た事。
芝居をやめたから出来なくなった事…

「もし」の話はしてもしょうがない。
それに趣味を優先しても家族は養っていけない。
だけど、家族を養うために趣味をやめたくもない。
無い物ねだりなんだけど…
生活の事しか見えなくなったら、きっと僕は崩壊するだろう。

仕事…趣味…家族…

対応するのに手一杯になってきているのかな…
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