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昨日は夜に某所で及川恒平さんのライブがありました。

及川恒平さん
北海道釧路市出身のフォークシンガー。釧路湖陵高等学校卒。
1970年ごろ小室等率いる六文銭に加入。 代表曲「面影橋から」「夢のまた夢」「夏・二人で」「キングサーモンのいる島」「サーカスゲーム」などを作曲。
グループ解散後、1972年ファーストアルバム『忘れたお話』(ベルウッド)を発表。1974年セカンドアルバム『名前のないきみの部屋』を発表。その後、ポリドール・レコードからサードアルバム『僕のそばにいなさい』を発表。
1975年坂本龍一を編曲、ピアノに、元シュガーベイブの山下達郎、大貫妙子をゲストに迎えた歌謡曲調の『懐かしいくらし』を発表。その後もリリースを続けたが、1980年代は、楽曲の提供にとどまり、ライヴ、リリース活動は休止。 1990年代後半から、アルバム『引き潮』などのリリースや、ライヴ活動、六文銭の再開(小室等・四角佳子と。)、テレビ出演など精力的に行っている。 また、妻のイラストレーター北村魚(きたむら とと)とのコラボレーションの絵本も出版していた。
(ウィキペディアより抜粋。)

そしてその六文銭とは
六文銭(ろくもんせん)は小室等が中心となって結成されたフォーク・グループ。『雨が空から降れば』、上條恒彦と歌った『出発(たびだち)の歌』がヒットした。1968年結成。1972年解散。メンバーは年単位で頻繁に入れ替わっていた。解散後、小室等は吉田拓郎らと新六文銭を結成し活動していた時期もある。また小室等・及川恒平・四角佳子のユニットで「まるで六文銭のように」 という形で復活している。(ウィキペディアより抜粋。)

といった経歴のミュージシャン。

その伝説のミュージシャンと言われる人のライブ。

ぼく的には世代がまったく違うので、ぜんぜんピンとこないのですけど‥

会場に17時ころ行くと、すでに地元スタッフの人たちが会場設営を終わり、オープニングを勤める浅野屋本舗さんが音だしをしてました。

いつもの感じで音量とバランスを決めて、あとはご本人を待つばかり。

待つこと1時間、ご本人が到着。

さっそくリハを開始したのですが、これがまた恐ろしいことに‥

「一度PAを全部きってみて」

ここから始まるところがなんだかいつもと違う。

先ほど仮決めしていた設定は一蹴され、はじめから作り直し。

「これがぼくのギターの音ね」と、聞かせてくれる及川さん。

はぁ‥

と、及川さんの趣旨が今ひとつつかめない。

結局、生音+アルファぐらいの音量で決定。

こんなんで、PAになるんだろうかと思いつつ、客いれ。

オープニングは浅野屋本舗さん。
FM釧路でもパーソナリティを勤めてるようだ(すみません、知りませんでした)
歌は松山千春をカバー。
声も雰囲気も似てるので、一瞬そういう物まねの人かと思いましたが、大のファンという人。

3曲ほど演奏して会場を暖めたあとに及川さんにステージを渡す。

リハと同じレベルではあるけど、客が入ってるので響きがまったく違う。

一発目の歌が‥小さすぎる。

やばい!‥と思った瞬間‥

‥いや、‥これが出したい音なのかもしれないと‥そう長年の感がよぎる。

案の定、サビはリハ以上の音量。もちろん生声が。

2曲目の後半でようやく気がついた。

あぁ!及川さんの出したい音ってこれか!

要は「原音を忠実にだすこと」

もちろん、僕もそういう音作りは心がけてきたけど、そういうミュージシャンは今までいなかった。

マイクを通せば
卓を通せば、
アンプを通せば、
スピーカーを通せば、

確実に原音からは離れた音になることが多い。

それをあえてPAを通してもその音が鳴ることを強く追求してたんだ。

だからこそ、大きい音になることを強く拒みながらも、PAを必要とするところがそこにある。

こりゃあ、この人たちのPAする人は大変だ。


‥本番が終わって打ち上げ。

及川さんからはいろんな話も聞かせてもらったし、なにより僕のPAを気に入ってくれたことに感激しました。

次にこういう機会があれば、またやらしていただきたいですね。

いい勉強になりました。
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よっ!!

音職人っ!!!

そりゃあアーティストも職人ですな。
不勉強で全然知りませんでしたが。。。。
2008/08/04 21:38 |とらん。 #-URL[ 編集 ]

『音職人』

この言葉…まさにshuの事!!って感じる(^^)

shuは家にこもってるよりやっぱり現場人間やってるのが似合ってる??

なんかそんなイメージです!
2008/08/05 02:30 |翠風 #-URL[ 編集 ]

懐かしい人だ。
実は「名前のないきみの部屋」って中学生のとき持ってた。・・・
だから相当昔の人だと思ってた。
失礼にももう亡くなったかもなんて思っていたので、ここで話題になるとは思っていなかったし、釧路湖陵だなんて今始めて知った。

「階段を上り詰めたところにある扉はもう開かれていて、息を切らした僕を見て君は笑いながら迎えてくれた。・・・」ってフレーズが時々頭をよぎる。

中学のときのなんとも感傷的な想い出もそんな曲の中にある。
佐野元春が大学の時の憂鬱な記憶の中にあるミュージシャンなら
及川恒平は中学時代のやるせない優しい旋律の詩人だ。

及川さんて自分にとってそんな人だ。
2008/08/06 01:33 | #-URL[ 編集 ]

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