上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
劇団零の旗揚げ公演「思い出のグリーングラス」に行ってきました。

会場はウラリ。
市内浦見町にある病院、「ふくしま医院」がその別の名前。
というか正式な名前。

そう、普段は病院なのですが、夜間や休日には音楽や芝居の団体にとって格好の発表の施設と変貌するのです。
照明設備も若干ではありますが、必要最小限に整ってますし、音響もアンプとスピーカーが(CDプレーヤーもありますが)あるので、あとは再生機器をミキサーなんぞで出してあげれば、すぐに音も出せる。
しかも貸し館料とかはありません。つまり無料です。
ふくしま先生のご厚意にはただただ頭が下がるばかりです。
使用する団体が重なれば、そことの話し合いで調整すればいい話。
至れり尽くせりの施設。

僕も芝居をやってた頃は何度か公演でも練習でも使わせていただいた会場。
ある意味懐かしさを感じますね。

パンフには僕のユニットの名前が。
今回はweb制作と若干の録音、音響の機材貸し、あとはアドバイス程度での参加…ではないですね、協力をさせていただきました。

あくまでこの劇団の人ではありませんので、あまり突っ込んだ事はしないように…

今日は19時からの開演。
テレビでは日本代表がスコットランド戦を始めようとしている。
…それも見たかったな…

受付は通常の出入り口を使っているのですが、自動ドアの電源を切ってほぼ開けっ放しの状態。
受付の人、寒そう…

会場に入ると既に30名程が座ってました。
ほぼ満員。
見慣れた顔も何人かおりまして、それもまた懐かしい。

おそらく50名も座れないでしょ。
僕は入り口に近い壁際にもたれるようにおっちゃんこ。

開演

暗転になったのだが非常灯を隠してないので、そのハレーションが気になる。
役者が出てくるのもわかるし、暗転処理の時の役者の演技が切れるところもわかるので、もったいない。

話はこんな話。

「最終刑務所」と呼ばれる離れ小島にある施設がその舞台。
ある日、新人の看守「安西」と、死刑囚「666」が時同じくしてこの施設に入ってくる。
安西の先輩に当たる「野村」、施設の所長が主な登場人物。
その他に安西の彼女「しずか」
「666」の死刑執行までの期間、安西は666と接するうちに、自分の歩むべき道を見いだしていき、野村は限りない犯罪者全ての憎悪で自分を破壊し、野村の叔父に当たる所長は、過去との自分、野村とのすれ違いの苦悩を抱く。

オチは置いておきますが、そんなあらすじ。

脚本についてだけど、悪い話ではないですね。
ないのですが、効果的な書き方がなされてない。そんな印象を受けました。
タイトルにもなってる「グリーングラス」
劇中1度しか使われてなかったのがもったいないというか、意味が感じられない。
始めはいつも聴く曲、ぐらいの見せ方から、色々と問題を抱えて行くうちに、どんどん追いつめる曲に聞こえたり、さらに心の解放をさせる曲に聞こえたりとか…
そんな使い方があってもよかった気がします。

初めての脚本ということで、僕はそれだけで彼を尊敬するのですが、もっと刑務所の事、看守の事、常識、セオリー、用語、仕草…
等をリサーチした方がよかった気がしましたね。

新人の安西、気が弱い、小心者、彼はそういう役を作ってきたと話してたのですが、それはそれでかまわないです。
実際、そういうキャラクターになってました。
しかし、どんなに気が弱くても看守としてやってきたのです。
ですから、行動自体は凛とした態度をしながらも、自分が持つ気持ちの小ささとかを表現しないと、この施設にきた人事理由がわかりません。

この芝居のメインでもあるのですから、もったいない気がしましたねぇ~

死刑囚666は安定したテンションを作り上げてたので、安心してみれます。
犯罪者に見えました。
ある意味、彼がいないとこの芝居、成立しませんでしたね。

野村は高校生ながらなかなかの好演。
声も通るし、動きも自然。
ま、自分が壊れるところは難しいでしょうね。
これから期待の役者じゃないでしょうか。
ちなみに、彼が唯一の劇団候補生との事。
ただ、無理してああいう話しかたというのか、作らなくてもいい気がするのは僕だけでしょうか?

しずか役の子、声が通るのでもうそれだけでいいのでは。
安西と電話の場面が何度もあるのですが、その度に衣装が変わってます。
地味に忙しそうです。

所長役の代表井上君。
彼の演技は初めて見ました。
自分で脚本書いて演出して出演するというのは、よっぽどでなきゃできない事です。
この役作りも、演出もそこにつきる結果だったのではないでしょうかね。

どうしても気になる箇所があったのですよ。
アンケートにも書いてきたのですが。

叫ぶのと叫ぶ演技とは違います。
怒鳴るのと怒鳴る演技は違います。
小声で話すのと小声で話す演技は違います。

今回の芝居、彼らはことごとく違う方の演技で表現してました。
ですから、何を言ってるのかが聞き取れないのです。
叫んだり、怒鳴ったり、ぶつぶつ話す場面がけっこう多かったのですが、そこの場面はわずか2mも離れていないというのに、台詞が聞こえないのです。
それがものすごい残念というか、…駄目でしたね。

どんなにリアルさを追求しようが、迫真さを表現しようが、やっぱり「演劇」なのですから芝居としてみせなくちゃ。聞かせなくちゃ。

乱闘シーンもそう。
何度かあったのですが、あれは演技ではありません。
見ていて痛いだけです。
まあ、実際殴る場面はないのですが、つかみ合いやもみ合い。
もっと動きを整理して、スムーズに流さないと力任せの演技と言うか、普通につかみ合ってるだけなんですよ。
あれはもったいない。
666が絡む場面は逆に「さすが」と言わざるを得ない。
普段からアクションのチーム(?ではないけど練習してるようです)で活動してるだけあって、コンパクトにしかもダイナミックに見える。
きちんと「アクションシーン」として成立してるのですよ。

旗揚げ公演というのは、よくも悪くも「崖っぷち」状態。

これからの自信と集客への影響が大きく作用するのです。
もちろん彼らにも「成功」してほしいのは当然あります。
しかし、僕は基本的に「見守る事」がこれからの彼らに必要だと思うので、何かを聞かれない限り、何かの意見を求められない限り、僕からはなるべく口を挟まない事にしてます。

結果的に成功か失敗かどちらかで言って、失敗の方だったとしてもそれはそれなりに彼らの糧になるのではないでしょうか。失敗から得られるものの方が成功から得られるものよりも遥かに大きいですからね。
もちろん成功ならば彼らの更なる自信に繋がるわけで。
今回の方法論は正しかった、受け入れられた。
そういう事なのですからね。


明日、2本番。
今日のいいとこ、悪いところをどれだけ修正して更なる芝居を見せてくれるのでしょうか。
まあ、明日は見れませんががんばってほしいものです。
スポンサーサイト

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006/05/15 16:34 | #[ 編集 ]

コメントの投稿

URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

powered by
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。